
神楽坂のメイン通りにある毘沙門天に藤の花がキレイに咲いていました。
虹もかかっていますね。
実は私、藤棚をみると2つのことを思い出します。
1つは妹のこと。
この時期に生まれてるので、名前に藤という漢字がついています。
妹には誕生日プレゼントを贈ったりしていませんが、藤棚をみる度に誕生日を思い出します。
もう一つ思い出すのが‘蜂(はち)’です。

残念ながらいい思い出ではありません。
苦い思い出です。
保育園の頃から私はどうしようもなくワンパクでした。
友達に力を誇示するため、段ボールを食べたり、砂、葉っぱなどを食べて見せては
何でも食べれるというだけで一目置かれていました。
しかしある時、ライバルがエスカレートしすぎて紙粘土を自分の耳と鼻に詰めだし、
病院に運ばれるという事故がおきたため、くだらないことはもうしまいと心に誓いました。
しかし、小学生になると環境が変わります。
やはり力を誇示してくる子供(同級生や上級生)がいるので、チョークを拳でつぶしたり、頭突きで石頭キャラを演じていました(ただのやせ我慢です)。
ほんと、男の子って幼稚だよね、という典型だったように思います。
ある日「蜂をどれだけ退治できるか?」ということで数人と競い合いました。
本当に子どもは残酷ですよね。
私はダントツで1番になれたことが嬉しくて
それからというものかなりいい気になって
「蜂なんて怖くねーよ」とばかりに偉そうにしていました。
それから、多分1か月も経たないころだったと思います。
ある日、藤棚とへちま棚の上に登って騒ぎまくっていると
太腿に激痛が走りました。
みてみると大きなスズメバチに刺されていたのです。
驚きと痛みで私は下に落下し、病院に運ばれました。
お医者さんの処置で無事に済みましたが、かなり足は腫れ、しばらく痛みも残りました。
私は小学生低学年にして、
‘因果応報(いんがおうほう)’を体験したのです。
もちろんこの言葉をちゃんと知ったのはかなり後のことですが、
人はよい行いをすればよい報いがあり、悪い行いをすれば悪い報いがある
お寺の本堂にある地獄絵図の本や屏風(びょうぶ)を見るのが好きだった私は、
ウソをついたり悪いことをすると地獄に行くことを
僧侶だった祖父からよく聞かされていました。
「ひでぼうはよい行いをしなさい」と。

私は、蜂に刺されて痛い思いをして、初めて自分のしてきたことを理解できました。
それからというもの虫一匹殺せないおっさんになりましたが
(いえ、たまに殺生してるかも)
とてもいい教訓になっています。
一方で、よい行いをしたからといって必ずすぐ目に見えてよい報いがあるとは思いませんが、
やはり日々こつこつと精進していると、たまにいいことがあるものですよね。
コロナ禍のいま、
我慢しながらがんばっている全ての人が、何らかの形でよい報いがありますように。